Holographic Description of Black Hole Space-time

堀田 暁介  (物理)

Abstract

 ブラックホールの物理量の間には熱力学的なふるまいが見られ、特にブラック ホールの事象の地平線の表面積はエントロピーと同定されうるということが知ら れている。もしそうなのだとすると、ブラックホールのエントロピーを担ってい る微視的な状態がその熱力学的なふるまいの背後に存在するはずであり、それこ そまさに重力の量子論の謎を解き明かす鍵になるはずである。
 近年、AdSと呼ばれる時空を解に持つ重力理論をコンフォーマルな場の理論 (CFT)で記述するという、いわゆるAdS/CFT対応というものがよく調 べられており、ブラックホール時空にもそれが適用できることがわかってきた。 すなわち、ブラックホールの事象の地平線近傍のAdS時空のふるまいをCFT という形で投影し、そちらの微視的な立場でエントロピーなどの物理量を再現で きるというのである。本論文ではこのAdS/CFT対応、或いはもっと広い意 味の、ホログラフィー(理論の再解釈、別の理論への投影)という考え方を活用 し、我々の宇宙にも存在しうるブラックホールを別の微視的な理論として記述し、 理解することを目的とする。
 まずブラックホールの巨視的なふるまいということで、事象の地平線近傍のA dS/CFT対応とともに見られるアトラクター機構と呼ばれる現象に注目した。 アトラクター機構とは、質量が最も安定なブラックホールでは理論のスカラー場 の解の事象の地平線での値が一意に決まってしまうという現象である。これが超 対称性などのない一般的なブラックホールについてもやはり成り立つことを、具 体的に新しい解を構成し、解析解の形で確認した。
 また、AdS/CFT対応についても、特に3次元の重力理論においては、そ れがどんなに高次の補正項を含んでいたとしても必ず2次元のCFTとして記述 できることを示し、両者で計算したエントロピーが完全に一致することを見た。  ただしブラックホールをCFTとして理解することは事象の地平線近傍のみに おいて可能なことではない。アトラクター機構からもわかるように、ブラックホー ル時空全体の背後に何か別の理論としての解釈があると期待される。実際、重力 理論の動径座標を場の理論のスケール、スカラー場を結合定数などと読み替える ことで、CFTと限らなくても、より一般的な場の理論で重力理論全体を記述で きることが超弦理論などでの分析からわかっている。
 本論文では最後にこの手法を用いて、事象の地平線近傍に限らず任意のブラッ クホール時空でそうした解釈が可能であることを示し、特にアトラクター機構自 体が対応する場の理論のくりこみ群の流れそのものであったことを確認した。こ うして、我々の宇宙でも観測されているブラックホールを、その詳細はともかく、 少なくとも別の場の理論として理解できることは確かだということが明らかにさ れた。