実証研究の歴史から、種の多様性がその生態系の安定性の起源になっていると、長い間信じられてきた。ところが、May(1972)の理論的研究により、種が多様で複雑であればあるほど系が不安定化するという逆説的な結果が得られ、これは、生態系研究に大きな波紋を起こした。Mayは、多種共存系の相互作用として、相互作用をランダムだと仮定し、線形微分方程式の安定性を調べている。これは一般的な微分方程式において安定平衡点まわりの局所安定性解析に相当する。このように、多体系の物理学として、相互作用系をランダムだと仮定するのは自然な発想である。しかし、生物種間の相互作用においては、種Aが種Bに与える影響は一般的に強い相関があり、したがってそれを無相関なランダム相互作用と仮定するのは現実的でないと考え、本論文では概して、種間相互作用に非対称性を与えたときの生態系の振る舞いを調べている。相互作用が対称な場合は、生態学的には、相利共生、競争などの意味づけがなされるが、非対称な場合は、捕食関係を意味する。捕食関係は、生態系にとって必要不可欠な種間相互作用である。また、同種では一般に限られた資源(食糧や場所)を競争すると考えられている。
多種共存生態系の安定性は何によってもたらされているのだろうか?
まず第一に、生態系において、その安定性が、環境(資源)によるものか種間相互作用によるものかという問題について調べた。これは、生態学的には大きな関心である。私たちは、種が存在していないときの資源の分布のばらつきと種数に対する資源の種類をパラメータに線形安定性解析を行った結果、両方の変数が小さくなると系が不安定化し、資源が枯渇することを確認した。これは、DeMartinoとMarsili(2006)の先行研究によっても調べられている。私たちは、ここに種間相互作用を導入し、系の安定性の振る舞いの変化を調べた。すると、資源のばらつきと資源の種類が小さいときに現れた資源の枯渇がおこらなくなることを発見した。また、相互作用の非対称度を増すと系が安定化することも分かった。
第二に、生態学者の関心として、個体数分布がある。個体数分布とは、個体数xをもつ種の数の分布である。私たちは、私たちのモデルと観測系を比較するために、解析的に個体数分布を求め、どういった要因が分布の形や傾向を決定するのか調べた。そこから、種内競争が大きいほど系は安定で、また、対称より非対称相互作用系のほうが安定だということがわかった。種内競争が大きい極限での分布はx=1のまわりにデルタ分布する。これは、少数ずつ、多種が共存していることを意味し、一方で分布が広がっているのは、個体数が多い少数の種が系において支配的になっていることを意味している。
本博士論文では、以上のように、種の多様性がもたらす生態系の安定性を、生成汎関数を用いた統計力学的手法によって議論している。